7273 | 教えるという事 | はくぶん | 2017-02-15 19:37:35 |
教えるという事は、俺の専門分野だった。 今、教えられる立場になって、教える人間の力量が、手に取るように分かる。 彼らは教えることに関して、自分なりのポリシーを語るが、お門違いも甚だしい、といった内容が多い。 そもそも、教えた相手が、思ったように成長しないのは、才能が無いとか、やる気がないとか、そういうエクスキューズを付けて、全面的に相手のせいにしたがるようだ。 しかし、俺の診断は誤魔化せない。 彼らがもし、塾の先生でもやろうものなら、初日からクレームを受けることになるだろう。 教え方が独りよがり。 こうすれば良いというポリシーに何の裏付けもないのである。 実際に上手く育てられないという現実には出会したはずなのだが、それで自分が学習する事はなかったのだろう。 俺には、全体の90パーセントは、教える側に問題があると見える。 どう教えればわかりやすいか。 どう教えなければ混乱するのか。 どこからどこへ教えて行くのか。 それはまるで針の穴をも通すような、正確さの要求されるシミュレーションなのである。 一歩間違えれば、一言足りなければ、簡単に落とし穴に落ちてしまう。 教えるとは、それくらい緻密で過酷な作業なのである。 相手に才能があれば、自分の教え方の稚拙さはカバーされる。 しかし、たとえ周りにはどう映ったとしても、俺の目は誤魔化せない。 教える事の本質は、相手が誰であっても、たとえ居なくても、見る者が見れば、浮き彫りになるものなのである。 教える。 指導する。 育てる。 簡単に使ってもらっては困るのだ。 100人分の経験は、100人分の進歩には繋がらないのだ。 それが教えるという事だ。 |
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