ウサテキ 狼の子が兎の子の父親を食べた。 兎の子「俺は狼の子に父親をくわれたんだ。」 雉じい「ほお、それは可愛そうに。」 兎の子「でもみんなあいつを働き者だのいい子だの、     あいつはとても罪深いんだぜ?     お気楽過ぎないか?     どいつもこいつも食われることを考えないから     そんなことが言えるんだ。」 雉じい「ではお前さんは狼の子が嫌いなのかい?     働き者で親思いのあの子がか?」 兎の子「父親を食われたんだぜ?」 雉じい「それが狼だからの。     だが毎日食べ物にも家族にも満たされていた     お前さんと比べてどうだい?     あの子は外からは分かりにくくとも     親からもらえるものをほとんどもらっていない子だよ?     いや、比べる必要はない。     お前さんは兎であの子は狼。     はじめから理解の難しい運命さ。     ワシとて虫や植物の種には     お前さんのように     ささやかれているかもしれん。     『あいつは罪深い。     誰もあいつの偽善に気付かない。』     だが私は虫や植物の種にこう言うだろう。     『ありがとう。私は君たちの犠牲に感謝している。     君らが私を偽善者と言うならそうだろう。     だが私は君らが犠牲にしている     もっと弱い虫や草を犠牲にはしない。』     とな。」 兎の子「俺も草に文句言われてるってことかい?」 雉じい「かもしれんという話さ。     草は口は無くとも気持ちはある。     お前さんは父親を食われたことで     世界のシステム自体を     憎みだしているのだよ。」 兎の子「でもいい父さんだったんだ。     強くて優しくて。     ただ逃げ足が遅かった。」 雉じい「だろうな。おそらく。」 兎の子「でも俺のこれからはやっぱり     あいつよりずっと楽さ。     肉食動物にさえ気を付けていれば、     一年のほとんどは食べ物が溢れているもの。     兎が偉くなれないのは肉食動物共のせいとも     言いたかったけど、     別に大変な思いして     偉くなりたいとも思わないし。」 雉じい「それも十分に選択さ。     坊や。     牙も爪もない者が     わざわざ大変な思いをする必要はない。     ところでお前さん、     本当にそんなに悲しかったのかい?」 兎の子「さぁ。     過ぎたことを考えても仕方ないもの。     ただ父親が食われたら悲しむものだって     聞いたもんでさ。     本当は普通のことなんだ。     怪我したり弱った兎から犠牲になる。     それで他の兎や狼や狐が生きられる。     文句なんて言ったって始まらないんだ。     みんな森には必要なんだ。     俺は柔らかい草さえあれば幸せさ。」 雉じい「こんな話がある。     セイウチと大工が海中でカキの子たちを騙して     地上は安全で楽しい場所だと教え誘い、     カキたちは年長者が止めているにも関わらず、     セイウチ達と共に地上に上って     みんなセイウチに食われてしまった。     この話を聞いた者は     セイウチは悪い奴でカキは可愛そうと言う。     だがアサリには弱く無知というだけで     何ら魅力も無い。     セイウチこそこの話の主人公なのに     人を騙すのは悪いことという善悪の話になる。     だからセイウチに協力したが     カキをセイウチに独り占めされた大工が     セイウチを追いかけ廻すというオチがつく。     そもそもこの話に大工など必要ないのだがな。     弱者として守られたい観客の欲求を     大工がとりあえず肩代わりする。     よく考えてみれば、はじめから     セイウチが一人で全てやるか     大工に分け前を与えれば済んだ話さ。」 兎の子「もしセイウチが仏心を出して     カキの子達を帰したら、     俺ならセイウチにこう言うね。     『なんてもったいない。     このチャンスを逃したために飢え死んだって     悪いのはお前一人さ。     俺の森にいるお前とよく似た奴は     もっとずっと立派に生きてるぜ?』     ってな。」