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憂ざ過ぎる |
はくぶん |
2015-03-04 00:05:50 |
狭い電車を作るな。
狭い車内で背中にリュックを背負うな。
入口付近に固まらず奥へ詰めろ。
歩くのが遅い奴は後へ回れ。
音楽を聴きながら歩いている奴には、後ろから蹴りを入れてもいいという法律を作れ。
電車といい歩道といいスーパーといい、大阪の人混みは憂ざ過ぎる。
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面倒なだけの適性 |
はくぶん |
2015-03-03 00:52:16 |
まだ月曜日が終わったばかりかよ。
今の心境はそんなだ。
日曜日が休みではなかったため、二日も働いたのに、まだ月曜日。
次の休みまで、あと5日も働かなければならない。
何か段々面倒になって来た。
昔は好きで面白かった事が、今は半分面倒なだけ。
そして、今はそれが相手にもよる。
昔は相手に関係なく面白かった。
適性というものは、年齢によって変化するのだろうか。
それとも、相手が俺の適性にとって鬼門な奴ばかりなんだろうか。
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お客様は人間だ |
はくぶん |
2015-03-02 04:05:14 |
「お客様は神様です」
三波春夫の言葉だったと思うが、俺はこの言葉が大嫌いだ。
客だからといって何をしても良いわけではない。
客も人間なら、間違いも犯すし、悪巧みもするだろう。
最近はクレームが当り前の世の中になって来ている。
客側に客は神様だとする傲慢な考えが根底にあるのだろう。
筋違いなクレームには毅然とした態度で当ればいいだろう。
客だからといって、何も遠慮する必要はない。
言い掛かりを付けて来ているわけだから、撃退するのも当然の対処と言えよう。
そんな事がこの記事には書いてある。
「お客さまは神様ではない」時代
むしろ客が神様であったことがおかしかったのだ。
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日曜日の実感 |
はくぶん |
2015-03-02 00:47:38 |
昨日が日曜日だったという実感は全く無い。
日曜日に出勤したことは何度もあるが、大抵は月曜日が休みだった。
だから、何となく日曜日で終わったという区切り的な感覚があり、翌日の休日も実感が湧いた。
しかし、今回は土曜日が休みだったため、日曜日が何の区切りにもなっていない。
終わりの区切りどころか、これから一週間が始まる初日になってしまっている。
そう、まるで月曜日と同じ感覚なのだ。
だから、日曜日という実感が全く無かった。
やはり、日曜日は何らかの形で休みに関係する日じゃないと、日曜日としての役割を果たしていないような気がする。
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2月がピッタリ4週で終わる年 |
はくぶん |
2015-03-01 12:32:53 |
ピッタリ4週で終わった2015年2月。
そんな年がどれくらいの間隔で回って来るのか調べてみた。
いや、調べると言うより計算してみた。
その年が平年なら1年は365日。
これを7で割ると、余りは1。
翌年は2月1日が次の曜日に移動するわけだ。
もし閏年なら、7で割った余りは2。
従って、翌年の2月1日はニつ先の曜日に移動する。
今年は平年なので、来年の2月1日は次の曜日に移動して月曜日となる。
来年は閏年なので、再来年の2月1日は二日飛んで水曜日。
その後は三年間平年が続くので、2月1日は土曜日まで毎年一日ずつ移動する。
しかし、その翌年は閏年なので、二日飛んで月曜日となる。
そして、その翌年から火曜日、水曜日、木曜日、土曜日と来て、その翌年にようやく今年と同じ日曜日がやって来る。
従って、次にピッタリ4週で終わるのは11年先の2026年ということになる。
その次にピッタリ4週になるのも、それから11年後かと言うと、それはどうだろうか。
曜日と閏年の間隔が同じではないので、その次は6年後の2032年に、2月1日が日曜日から始まる年になる。
しかし、この年は閏年なので、確かに1日は日曜日から始まるのだが、最後の29日が一日だけ5週目にはみ出てしまう。
というわけで、2026年の後に再びピッタリ4週で終わる年は、それから更に5年後、つまり2026年から11年後の2037年ということになる。
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6479 |
断りの返事 |
はくぶん |
2015-03-01 05:49:15 |
断りの返事を、もっとすんなり受け入れることを学ぶべきである。
要るか要らないかは、相手の問題である。
行くか行かないかは、相手の問題である。
相手に問うたのなら、どちらの返事も平等に予期しなければならない。
都合の良い返事が返って来ると決め付けてはならない。
都合の悪い返事が返って来たことで拗ねてはならない。
相手が肯定的な返事を返さなければならぬ義務はない。
そんな事はわかっていると言う。
しかし、わかっていないからこそ、そういう態度になるのである。
恩着せがましい態度など言語道断である。
傲慢な考え方を恥ずべきである。
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6478 |
真夜中の独り言 |
はくぶん |
2015-03-01 03:50:41 |
今日は雨の予報だが、既に雨が降り出している。
憂鬱だな。
どこへも行きたくない。
できるけどしないのと、できないからしないのとでは、雲泥の差がある。
そして、できるけどするのと、できないからするのとにも、雲泥の差がある。
その場を取り繕うような発言は、ただ不信感を抱かせるだけ。
たとえ厳しくても、普段と同じ内容を貫くべきである。
それができないから一流になれないのである。
やはりより多くの事ができる方が評価される。
狭く深くより浅く広く。
その価値観はそんなに簡単に変わることはない。
小さ過ぎると見えないが、大き過ぎても見えない。
大きい物は必ず見えるなどと思ってはいけない。
各人にとっての適度な大きさしか見えない。
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6477 |
今日から3月 |
はくぶん |
2015-03-01 00:48:50 |
月が変わって3月。
会社では決算月。
学校では卒業式シーズン。
世間で3月は、最後の締めという意味合いが強い。
従って、新しい年度の始まりは4月。
会社も学校も大体そうである。
しかし、俺には3月が一年の始まりという気がする。
昔からずっとそんな風に思っていたわけではない。
いつからか、そんなイメージが頭の中に出来上がった。
3月の何が始まりを意味するのかはわからないが、4月はもう始まっているという感じがするのである。
また新しい年度を迎える。
今はそんな気分である。
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6476 |
回復 |
はくぶん |
2015-02-28 04:21:08 |
もう何年くらい経つだろうか。
何もする気がなくなってから。
1年や2年なんてものではない。
10年以上は経っている。
何かをしようにも、何も興味が湧かない。
無理矢理何かをしても、何の実感も湧かない。
そんな時期がずっと続いていた。
新しい事をする気など、このまま二度と起きないのかと思っていた。
しかし、傷が徐々に癒えるように、自分でも気付かないほどゆっくりとではあるが、心が回復して来ていた。
送り込んでも送り込んでも、どこかの穴から抜けていた空気が、しっかり入って行くような予感がある。
失われていた感覚が蘇ることを切に祈る。
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警報 |
はくぶん |
2015-02-27 05:20:29 |
昨日の朝、マンションの1階で警報が鳴っていた。
前にも一度鳴っていたことがある。
何の警報だかわからないし、何が原因で鳴っていたのかもわからない。
しかし、最も不思議な事は、警報が鳴っているにも関わらず、誰もそれに対処しようとしなかったことだ。
今回は朝鳴り始めたようだが、前回は一日中鳴っていた。
このマンションを管理する不動産屋に電話したのは、結局2回とも俺だったのだ。
何故鳴っているのか気にならないのか?
何が原因で鳴っているのか心配にならないのか?
それ以前に、警報の音がうるさくないのか?
無関心なのか、鈍感なのか、我慢強いのか。
いずれにせよ、もし俺が電話しなかったら、今もまだ鳴り続けているのだろうか。
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